自立学習入門講座71
「原稿作法・文章作法」について
レポートは、公的な文書です。提出にあたっては、下書きしたレポートを体系的に手直しして、完成された作品へとブラッシュアップしなければなりません。その作業を進めるには、どのような点に留意する必要があるでしょうか。本稿では、原稿作法・文章作法の評価項目について、一つのレポート例に即して、いくつかのチェックポイントを具体的に確認してみたいと思います。
原稿作法・文章作法の評価項目は、次の4つです。
①「論理構成の観点」から全体を俯瞰してどの程度推敲ができているか
②「文章作法の観点」から分かりやすい文章になっているか
③「原稿作法の観点」からアカデミックなルールや型をどこまで順守しているか
④「引用参考文献」(本文中と文末のリスト)の推敲がどの程度できているか
今回は、経済学の理論モデルに関するレポート例を紹介します。人文・社会・自然科学の基本的な手続きは、吟味された仮定のもとで演繹的推論を行うこと、データ(先行研究、事例、統計データなど)に照らして主張の妥当性を帰納的に検証することです。理論モデルでは、仮定(前提条件)を設けて、仕組みの本質を簡潔に説明します。今回のレポート例は、演繹的推論の表現方法について、一つの例を具体的に示すものです。
理論モデルを用いる場合には、まず、採用するモデルと仮定を決める必要があります。仮定を決めると、モデルの内容が定まります。また、主張が妥当性を持つ範囲も決まります。この手続きが、レポートの論理構成を規定します。
そのうえで、論理展開が明瞭になるように書き進めることも大切です。論理的と評価されるレポートを書く手だてとして、本学では、パラグラフ・ライティング(パラグラフを使って文章を書くこと)を推奨してきています。
今回は、創価大学学士課程教育機構が発行している『レポート作成の手引き2023年度版』(レポート作成の手引き2023年度版編集委員会編、2023年)に準拠して、次のようなレポート構成を考えます。
序論 : テーマの背景 ⇒ 問題提起(問い)⇒ 本論の予告と主張の提示
本論 : 題目文 ⇒ 補足文 ⇒ まとめ文(省略することも多い)
結論 : 主張の再提示 ⇒ 本論のまとめ ⇒ 今後の課題・展望
序論と結論のパラグラフの構成は、本論のパラグラフとは異なります。この点には、注意が必要です。なお、序論・本論・結論はレポートの主題・解説・まとめと言い換えることができます。この趣旨に合致している限り、書き方については、柔軟に考えることもできると思います。ただ、標準的な書き方を認識しておくことは大切なことです。
レポートでは、学術的な文章に適した表現を用いる必要があります。客観性、正確性、中立性に留意します。「です・ます」調(敬体)ではなく、「である」調(常体)で書きます。話し言葉ではなく、書き言葉で書きます。
書き出しと行替え時には、一文字空けます。句読点など行頭禁則文字は、行頭に来ないように工夫します。
参考文献リストは、著者名の 1 文字目の五十音順で列記します(英語文献の場合はアルファベット順)。一つの文献情報の文字数が 2 行以上になる場合は、2 行目以降の文字を下げて書きます。書籍等の発行年は、増刷になっても初版の発行年を記載します。
以下、仮のレポート課題、課題解説とレポート例を提示します。レポート例が課題解説の要請と2節で示したチェックポイントをクリアーしているかを確認してみてください。その一助として、演習問題も併記しています。なお、専門的な内容を理解するためには、別途、相応の学習が必要です。今回は、あくまでも、文章作法・原稿作法の観点に注意を払ってもらえればと思います。
課題文 変動相場制のもとで、国境を越えた資本移動が活発に行われている状況を想定する。貨幣供給量増大の効果は、海外との金融関係によって、どのような影響を受けるであろうか。IS-LMモデルを開放経済に拡張して論じてみよ。
<教科書の対象範囲>
第〇章第△節に関する応用問題です。
<出題の意図>
授業で学んだ内容を、標準的なレポート構成に従って、整理して表現できるかを問うています。このレポートにおける主張は、あくまでも授業で学んだ一般的な主張に限定してください。
<考察の条件>
( 1 )「はじめに」で序論を書いてください。本論は、「モデル」、「貨幣供給量増大の効果」の順で書いてください。「おわりに」で結論を書いてください。
( 2 )序論では、テーマの背景、問題提起(問い)、本論の予告と主張の提示を書いてください。
( 3 )結論では、主張の再提示、本論のまとめと今後の課題を書いてください。
( 4 )議論の筋道が明瞭となるように、曖昧で余計な解説は書かないようにしてください。
( 5 )図に紙幅を取りすぎないようにしてください。図は丁寧に書かれていれば、手書きでも構いません。
( 6 )貨幣供給量の増大が「一時的」と予想される場合と「継続的」と予想される場合の異同が明確になるように、論じてください。
次に示すレポート例の網掛けとアンダーライン(3節では図を加える)が示す箇所に対応する最も適切な語句を、次の語群から選んでください。
1 節:網掛け( ) アンダーライン( )
2 節:網掛け( ) アンダーライン( )
3 節:網掛け( ) アンダーラインと図( )
4 節:網掛け( ) アンダーライン( )
(語群)
ア:テーマの背景 イ:問題提起(問い) ウ:本論の予告と主張の提示
エ:題目文 オ:補足文 カ:(パラグラフの)まとめ文
キ:主張の再提示 ク:本論のまとめ ケ:今後の課題・展望
<レポートの例>
1.はじめに
国境を越えた資本移動が活発に行われている場合、海外との金融関係は自国経済の動向を左右する重要な要因となる。経済政策の効果にも何らかの影響を及ぼすと考えられる。例えば、
貨幣供給量増大の効果は、海外との金融関係によって、どのような影響を受けるであろうか。本レポートでは、IS-LMモデルを開放経済に拡張して、モデルの定式化を行う。そのモデルを用いて、次の結論を導いている。貨幣供給量の増大は、自国通貨安を引き起こして、純輸出を増大させる。これが、貨幣供給量増大による均衡産出量増大効果を増幅する。この増幅効果は、貨幣供給量の増大が「一時的」と予想される場合よりも「継続的」と予想される場合のほうが大きくなる。
2.モデル
物価P一定、予想物価上昇率ゼロ、資産効果を考慮しないIS-LMモデルを開放経済に拡張する。議論の単純化のため、租税Tは一定とする。また、自国の動向が、海外の物価P*、産出量Y*、利子率r*に影響を及ぼすことはないものとする。
生産物市場では、産出量Yが総需要(消費C+投資I+政府支出G+純輸出NX)と均衡するように調整されると考える。消費は可処分所得(産出量-租税)の増加関数、投資は利子率rの減少関数、政府支出Gは政策変数である。純輸出NXは実質為替レートeP*/P(したがって自国通貨建て為替レートe)の増加関数、産出量の減少関数、海外産出量の増加関数である。以上から、
生産物市場均衡式(IS曲線)は、Y=C(Y-T)+I(r)+G+NX(eP*/P,Y,Y* ) と表現される。
貨幣市場では、マネーサプライMが政策変数で、実質マネーサプライ M/Pと実質貨幣需要Lが均衡するように利子率が調整されると考える。実質貨幣需要は、利子率の減少関数で産出量の増加関数である。
貨幣市場均衡式(LM曲線)は、M/P=L(r,Y) と表現される。
自国と海外の債券は完全代替的で、先物カバーなしの金利平価式 r=r*+(eE-e)/e もしくは e=eE/(1+r-r*) が成立すると考える。予想為替レートe
Eは、来期の均衡為替レートを合理的に予想して決まるものとする。貨幣供給量増大が一時的と予想される場合、来期の均衡為替レートは貨幣供給量増大前の水準e(前期)に戻ると考えられる(e
E=e(前期))。継続的と予想される場合は、来期の均衡為替レートは貨幣供給量増大前の水準よりも高くなると考えられる(e
E>e(前期))。もし、長期的に継続する(恒久的)と予想される場合には、来期の均衡為替レートは今期の均衡為替レートに等しくなる(e
E=e>e(前期))。
3.貨幣供給量増大の効果
2節のモデルを用いて、貨幣供給量増大の効果について考察を行う。
貨幣供給量増大が「一時的」と予想される場合、貨幣供給量の増大は、利子率の低下と自国通貨安を引き起こし、均衡産出量を増大させる。貨幣供給量の増大は、LM曲線を下方にシフトさせて当初のIS曲線に沿った変化を引き起こす。利子率の低下によって投資が増大し、均衡産出量を増大させる効果を持つ。国境を超える資本移動が活発に行われている場合には、自国利子率の低下は資本流出を引き起こして自国通貨安(eの上昇)を引き起こす。自国通貨安が純輸出を増大させるのでIS曲線は右にシフトする。これが、均衡産出量を増大させる効果を増幅する。
これら動向の概要を均衡点の変化で示したものが、図1である。
貨幣供給量増大が「継続的」と予想される場合、貨幣供給量の増大は、「一時的」と予想される場合よりも自国通貨安を進めて、均衡産出量を一層増大させる。貨幣供給量の増大が、来期の均衡為替レートについての予想を自国通貨安(外国通貨高)へと変化させるからである。来期の自国通貨安が予想されると、今期の自国通貨売り・外国通貨買いが促される。金利裁定式を成立させる為替レートは、任意の利子率のもとで、より自国通貨安となる。自国通貨安は純輸出を増大させる。したがって、IS曲線の右へのシフト幅は拡大する。これが、均衡産出量を増大させる効果を増幅する。
これら動向の概略を(貨幣供給量増大が長期的に継続すると予想される場合に即して)均衡点の変化で示したものが図2である。
4.おわりに
以上から、次の結論を得た。
国境を越えた資本移動が活発に行われている場合、貨幣供給量の増大は、自国通貨安を引き起こして、純輸出を増大させる。これが、貨幣供給量増大による均衡産出量増大効果を増幅する。この増幅効果は、貨幣供給量の増大が「一時的」と予想される場合よりも「継続的」と予想される場合のほうが大きくなる。本レポートでは、IS-LMモデルを開放経済に拡張して、モデルの定式化を行った。そのうえで貨幣供給量増大の効果が、海外との金融関係によってどのような影響を受けるかを検討した。
貨幣供給量増大の効果は、やがて物価にも及ぶはずである。この点を射程に入れて考察を行うことは、今後の課題である。(1880字)
参考文献
佐々木百合(2017)『国際金融論入門』新世社
藤井英次(2013)『コア・テキスト国際金融論』新世社
ブランシャール,オリヴィエ(1999)『マクロ経済学(上)』鴇田忠彦・知野哲朗・中泉真樹・中山徳良・渡辺慎一(訳)、東洋経済新
報社
【解答】1節:(イ) (ウ)、2節:(エ) (カ)、3節:(エ) (カ)、4節:(キ) (ケ)
原稿作法・文章作法の評価項目は、次の4つでした。
①「論理構成の観点」から全体を俯瞰してどの程度推敲ができているか
②「文章作法の観点」から分かりやすい文章になっているか
③「原稿作法の観点」からアカデミックなルールや型をどこまで順守しているか
④「引用参考文献」(本文中と文末のリスト)の推敲がどの程度できているか
今回は、各評価項目について、一つのレポート例に即して、いくつかのチェックポイントを具体的に確認してみました。
チェックポイントについての網羅的で詳しい説明は、自立学習入門の教科書やレポート作成講義の『講義資料』に示されています。レポート作成に際しては、それらも、ぜひ、参照してください。
なお、大学で学ぶ学問領域も科目も多様です。学習成果の報告書であるレポートの書き方についても、担当教員が、さまざまな配慮の下で考えられています。授業や課題解説で示される方針や要請にも、十分な注意を払ってもらいたいと思います。
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