学修支援だより【2026年4・5月号】

Foreword <1>

新入生歓迎挨拶

学長 鈴木 美華

 創価大学通信教育課程にご入学された皆さん、誠におめでとうございます。教職員一同、皆さんを心より歓迎申し上げます。新たな道に一歩を踏み出した皆さんが、これから学びを重ね、自らの可能性を切り拓いていかれることが大変嬉しく、また頼もしく感じております。
 通信教育は、仕事や家庭などさまざまな背景を持つ皆さんが、自分のペースで学びを深められる機会を提供するものです。しかし同時に、自主性や継続する力が求められる学びの形でもあります。日々の忙しさのなかで学習時間を確保することは、決して容易いものではありませんが、その積み重ねこそが、皆さんの成長と未来への確かな力となります。
 また、学びとは単に知識を得るだけではなく、自らの視野を広げ、他者や社会を理解し、よりよく生きる力を育むものでもあります。通信教育という柔軟な学びの場だからこそ、日常の経験と結びつけながら、自分自身の歩みを深めていくことができるでしょう。どうか焦らず、一歩一歩、着実に歩んでいかれてください。
 創立者池田先生は、新世紀第11回学光祭のメッセージにおいて、通信教育で学ぶ皆さんに対し、トルストイの次の言葉を贈られました。「成長することが不可能な状況など決してない」、「絶え間ない成長こそが、消えることのない、いな、増え続けていく喜びの真の源泉なのである」。そのうえで創立者は、「学び成長する皆さん方の生命よ、生き生きと若々しく頑健であれ!労苦を恐れず前進する皆さん方の人生よ、断固として勝ちまくれ!」(2012年8月14日)、とエールをおくられました。
 創立者のメッセージの通り、通信教育で大いに学び、人生の勝利を目指していきましょう。改めて、皆さんの入学を祝し、これから始まる学びの旅が実り多いものとなることを祈念いたします。

Foreword <2>

新入生歓迎挨拶

通信教育部長 吉川 成司

新たな50年の第一期生として

 新入生の皆さん、創価大学通信教育部へのご入学、誠におめでとうございます。教職員一同、心から歓迎しお祝い申し上げます。
 開設50周年の佳節を迎えた2026年、新たに経済経営学部が開設されます。ほかの学部も学科やコースの再編が行われます。この時に入学された新入生の皆さんは、“新たな50年の第一期生”です。これまでの礎に立ち、更なる高みをめざして共々に前進を開始してまいりましょう。
 さかのぼること50年、1976年の5月16日に挙行された「通信教育部開学式」に際して、創立者・池田大作先生は「初志貫き“第一期生”の誉れを」と、万感こもるメッセージを録音し寄せてくださいました。
 「5月16日は、重大の歴史の日となりました」。この一節に始まるメッセージで、創立者は、創価教育の父・牧口常三郎先生が提唱された「半日学校制度論」、すなわち、「人間教育を志向するうえで、働きながら学ぶことこそ、最も適切な環境条件である」ことをふまえて、「皆さん方は、“創価教育体現の第一期生”である」と祝福してくださいました。
 なお、このメッセージは、「初年次セミナー」の授業で、音源そのままを聞き学ぶことができます。また、創立者は、小説『新・人間革命』第23巻「学光」の章で、ご真情あふれる筆致で通信教育部開設の意義について語ってくださっています。
 通信教育部では、このほかにも、環境問題、データサイエンス、人生100年時代など現代的な教養に関する科目も開講されています。教職、FP、簿記、日本語教師などの資格取得を目指す方のためのコースが設けられています。そして、このような豊かな学びが自宅でできる、オンラインでの学修環境が整っています。さまざまな現実と格闘する中で、ときにくじけそうな時もあるかもしれませんが、その剣が峰こそ真価を発揮する時です。向学の友と励まし合い心を鼓舞しながら、一歩また一歩と前進し学びの光を輝かせてまいりましょう。

教職指導講座

教員採用試験と教育実習に向けて

通信教育部講師 栗本 賢一

 創大キャンパスに桜花爛漫の春がやってきました。2026年度のスタートです。この一年が通教生のみなさんにとって実り多く幸多き日々となりますよう心から祈念いたします。
 今号では、本年度教員採用試験(以下「教採」)を受験するみなさん、また、教育実習に挑戦するみなさんにアドバイスを届けたいと思います。

教採一次試験に全力を!

 本年度の教採一次試験は、静岡県や島根県の5月9日(土)を皮切りに7月19日(日)の香川県まで約2か月の間で行われます。関西方面は6月13日(土)、東京・関東は7月5日(日)に集中しています。
 教採突破のカギは一次試験攻略にあります。受験地の過去問題集を肌身離さず手元に置いてやり切ってください!「わからない・できない」問題がある場合はいつまでも時間をかけずに、解答を見て「なるほど」と納得して知識を増やしていくほうが価値的です。文字通り寸暇を惜しんで負けじ魂で取り組んでください。

最後までベストを尽くして!

 「あきらめたらそこでゲームセット」とは、あるアニメの中に出てくる言葉です。みなさんはこんな経験はありませんか?「試験の直前に確認していた資料から問題が出た!」これは決して偶然ではないと思います。最後の最後まであきらめずにベストを尽くしたからこそ、といえるのではないでしょうか。

「小論文」対策を!

 「小論文」にはかなりの注力が必要です。中でも一次試験で「小論文」がある東京都や大阪府、横浜市などは過去問と並行して早めに取り組む必要があります。及第点の小論文が書けるようになるまでには時間を要しますので、通信教育部主催の対策講座、また、教職キャリアセンターの個別相談に予約を入れて取り組むことを強くお勧めします。指導講師が個別に丁寧に寄り添いながら添削したりアドバイスしたりします。
※教職キャリアセンターの個別相談は「オンライン」可です。

自分を信じて強気で!

 みなさんの中には仕事と通教の学びと教採対策、あるいは家事育児との両立三立に汗を流している方が多くいらっしゃいます。貴重な時間をこじ開けるようにして過去問を解いたり、睡眠時間を削ってレポートを書いたりなど、まさに勇猛精進しているみなさんです。教採に臨んで不安はあると思いますが、自分の努力を信じてください!自信を持って強気で!いきましょう。創立者・池田大作先生は常々「人生は強気で」とおっしゃいました。

教採二次試験対策

 まずは教採一次試験に向けて全力ですが、二次試験に向けての心づもりも必要です。
 二次試験は一次試験が終わってから約一ケ月から一ケ月半後に行われます。そこで絶対にお勧めなのが通信教育部主催の二次試験対策講座と教職キャリアセンター個別相談の活用です。二次試験は「個人面接」「模擬授業」「場面指導」など受験者の個別性が高いので、個別相談を通して自身のキャリア、強みなどを活かしながら準備していきます。 

「エントリーシート」

 二次試験ではエントリーシートに記入して事前に提出することになりますが、その内容も極めて重要です。それをもとに面接で質問されたり深掘りされたりするからです。これも個別相談でアドバイスをもらいながら、内容をよく検討吟味して記入してください。
 教採受験のみなさんを通教教職担当、通教事務局、そして教職キャリアセンターの指導講師が全力で応援、サポートします!

教育実習は“生涯忘れ得ぬ宝の日々”に

 本年度教育実習に挑戦するみなさんに心からのエールを送ります。緊張と不安でいっぱいという方も多いでしょう。でも心配いりません。教育実習は最高に楽しく「生涯忘れ得ぬ宝の日々」になることは間違いありません。
 純粋で真っ直ぐな子供たちとの出会い。毎日のふれあい。子供たちから「〇〇せんせい」と呼ばれることが照れくさかったり嬉しかったり。しかし、けっして背伸びする必要はありません。自分らしく、ありのままの自分で関わってください!
 授業実習もうまくいかなくて当たり前、失敗も大いに結構です。むしろそこから、さまざまなことを学んでいけばよいのです。 

よく学びよく遊べ!

 一にも二にも子供たちとたくさん遊んでください。子供は遊びが大好きです。一緒に遊んだ分、研究授業で子供たちは必ず「お返し」をしてくれます。昨年度も、教育実習に取り組んだ通教生が異口同音に「本当にそうでした!」と感想を語ってくれました。 

 教育実習は教員としての力量と専門性を磨く最高のチャンスです。教育実習をとおしてさらに力を付けて、「教職の道」という夢の実現に向かって大きく前進しましょう。

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学修支援だより【2026年6・7月号】

学修支援推進室コーナー

夏期スクーリングに向けての学修について

通信教育部長 吉川 成司

「学光」の章に綴られた夏期スクーリング

 いよいよ8月16日(日)から夏期スクーリングが始まります。
 小説『新・人間革命』第23巻「学光」の章には、本学通信教育の原点が、通教開設の年に開講された第一回の夏期スクーリングにおける創立者と学生の姿が描かれています。創立者が慈愛にあふれた渾身の励ましを学生に送ってくださっているお姿、そしてそれに呼応するかのように通教一期生が誓いも固く苦難を乗り越えて勉学に挑戦する姿、そこには人間教育の何たるかが臨場感豊かに描かれています。このように、通教開設50周年の佳節に開講されるこの夏期スクーリングは大いに意義深いものがあります。

学び合い、励まし合う向学の友情

 同「学光」の章の第一回夏期スクーリングの場面で、トルストイの次の言葉が紹介されています。
 「人間は他人との交流なくしては、また他人からの働きかけと他人への働きかけがなくては自己を完成することはできないのである」(『トルストイ ことばの日めくり』1988年、小沼文彦編訳、女子パウロ会)。
 この言葉のように、対面で行われる創価大学でのスクーリングは教員と学生が同じ教室に集い、顔を合わせる貴重な機会となります。通教の夏期スクーリングは、年齢や職業などが異なる様々な学友と出会える絶好の機会です。このスクーリングが多くの友人との出会いの場となり、さらに、お互いに切磋琢磨する関係を築く貴重な場になることを期待しています。

まずは夏期スクーリングの申込を

 申込は6月22日(月)より始まります。締切りは7月21日(火)です。まず開講されるスクーリング科目を確認してどの科目を受講するかを決定しましょう。遠隔地や海外から参加する方は宿泊先も検討する必要があります。大学の学生寮を希望する場合は、申込が7月12日(日)までとなっています。夏期スクーリングの申込や開講科目とその授業時限は、『スタディハンドブック2026』のp.96以降の「夏期スクーリング」の箇所をご覧ください。具体的な申込み手続きは『学光ポータル利用マニュアル2026』 のp.44以降の「スクーリングの申込み」の箇所で確認してください。

シラバスを見て授業準備を

 スクーリングは、キャンパスに来る前から始まっています。多くのスクーリング科目では、事前にメディア授業を視聴して自宅などで勉強しておくことが求められています。さらに、メディア授業で学んだあとには、学修報告書をスクーリングが始まる前に提出しなければなりません。学修報告書の課題は何かをシラバスでチェックして、スクーリングが始まる前から計画を立てて学習を進めていきましょう。この学修報告書は成績評価の一部になりますので、しっかりと取り組むことが大事です。
 スクーリング開始前に、教材やパワーポイント資料が学光ポータルの受講科目のところに掲載されている場合があります。授業の前にできるだけ、その教材に目を通しておくと、授業内容が理解しやすくなり、充実した学びにすることができます。授業を受けるときは、その科目のシラバスをよく読んで、事前に毎回の授業内容を確認して、予習する必要がある場合は、できるだけ準備して参加しましょう。 
 また、科目によってはスクーリング期間中に課題などの提出を指示されるかもしれません。前もって、提出の仕方を調べておくことをお勧めします。『学光ポータル利用マニュアル2026』 p.64の「教員への課題提出方法」をご覧ください。提出の仕方が分からない場合はICTサポートデスクに問い合わせてください。

イベント・学修支援を活用

 今年は通信教育部開設50周年を慶祝する学光祭が予定されています。また、3期にわたるスクーリング期間には、授業以外に様々な催しがあります。各期にはレポート作成講義が、授業終了後に行われます。その他、日本語教員大会、教職生大会などが開催される予定です。いつどこで何が行われるかチェックして、参加計画を考えておきましょう。

体調管理をしっかりと

 スクーリングは猛暑の中で行われます。もちろん、校舎内は空調で快適な温度に設定されていますが、学生が多く集まる教室では温度が高くなることもあります。授業中でも水分補給ができるようにするなど、それぞれが熱中症対策を考えておくとよいでしょう。また、日頃から猛暑対策をして良好な体調維持に努めて、元気にキャンパスに集い合いましょう。

学修支援推進室コーナー<2>

”学は光”に思うこと

経済経営学部教授 齋藤 之美

 アメリカとイスラエルがイラン攻撃を始めてからひと月余りが過ぎた(2026年4月5日執筆)。いまだ収束の兆しは見えない。
 そんな中、WTO(World Trade Organization 世界貿易機関)が今年の貿易見通しについて発表した。ホルムズ海峡の封鎖などにより、貿易量は前年比1.9%にとどまるという。生成AI関連の半導体や電子機器によって貿易が牽引された昨年、前年比4.6%であったのと比較すると大幅な落ち込みであると言える。またこのまま原油や液化天然ガスなどの価格上昇が長引けば前年比1.4%にまで減少する可能性も指摘されている。
 歴史を振り返ってみると、1914年に始まった第一次世界大戦から世界大恐慌をはさみ、1945年に終わる第二次世界大戦までの間、対GDP比の貿易額は世界の主要な国々において大幅な減少を強いられた。大恐慌の間アメリカはスムート・ホーレイ法を制定し高関税をかけ国内生産者保護を目的に輸入を制限した。これに対し多くの国々はアメリカに対して報復関税をかけたが、この動きはすぐにその他の国々に対する保護主義的な政策に拡大されていった。1910年当時世界の平均関税率は15%ほどであったものが、1933年には25%に跳ね上がっていた。
 戦後各国は、世界恐慌、保護主義的な貿易政策の蔓延、そして第二次世界大戦へと続いた歴史への反省から自由な開かれた貿易体制を希求し、GATT(General Agreement on Tariffs and Trade 関税と貿易に関する一般協定)を創設し、GATTを引継いだWTOによって自由な取引のできる経済社会の構築を目指してきた。このGATT・WTO体制が戦後の開かれた貿易に大きく貢献したことは言うまでもなく、それを支持してきたアメリカを含む多くの国々の努力の賜物であったと思う。この間平均関税率は減少し続け、現在多くの国が対GDP比貿易額は過去に例を見ない水準に到達している。
 このように世界貿易の状況は世界情勢に大きく影響を受ける。GATT・WTO体制のもとで世界の貿易量は大きく伸長し、世界がともに豊かになる機会を提供し続けてきた。安定した社会であってこそ、物流や人流は栄える。世界の分断は決して望ましい状況ではない。
 アメリカのトランプ大統領の出現以来、GATT・WTOの機能は低下し自由な貿易を推進する土台は崩れている。トランプ氏の論理はMAGA(Make America Great Again)に象徴されるアメリカの国益第一主義であり、戦後のGATT・WTO体制に基づく世界秩序をリードしてきたアメリカの面影はない。
 ミクロ経済学で学ぶように資源の効率的な配分は、限りある資源を使って人々が消費できる生産量を最大にし、経済的な豊かさをもたらす。よく使われるケーキの例えで言えば、自由な貿易は世界の人々が食することができるケーキの大きさを最大にする機会を与えてくれる。世界の対立や分断は、逆に非効率性を高め皆で味わえるはずのケーキの大きさは小さくなってしまう。ケーキを皆でどう分けるかは分配の問題で格差縮小に通じる考え方であるが、そもそも人々が豊かさを享受するためにはケーキの大きさをできるだけ大きくすることが重要であることは議論の余地はない。
 創立者が示された創価大学の建学の精神。そのひとつである「世界の平和をまもるフォートレスたれ」。平和であってこそ、世界の人々は安定した生活と豊かになる機会を手に入れることができる。GATT・WTOの加盟国が戦後160ヵ国を超えるまでに拡大した事実を鑑みれば、各国が自由な貿易の利益の重要性を理解していることは明白である。そこには、各国の政治的な思惑を調整するルールを再び築き上げる可能性が存在すると思う。また責任ある国々は、国益プラス世界全体で豊かになるという視点を忘れてはならないと思う。GATT・WTOを支持し、世界のケーキの大きさを最大限にする努力が必要である。一刻も早く世界に安定がもたらされ、経済活動が平常時に戻り、人々が豊かに暮らすことができる環境が整い、さらに人類にとっての喫緊な諸問題にも向き合うことが期待される。
 とはいえ、政治家を選ぶのは民主国家においては国民である。国益を越えて社会が豊かになる視点を培った人々の存在が重要である。通信教育部の指針である「学は光」。創価大学で経済学を学び、世界全体で平和で豊かになる社会を希求する人材が育って欲しい。
 創立者が学生に抱いた期待を共有しながら、教員の職務を全うしたいと願う日々である。

ブック・スクエア

司馬遼太郎著『司馬遼太郎の考えたこと』全15巻(新潮文庫)

通信教育准教授 開沼 正

 司馬遼太郎(1923〜1996)は著名な歴史小説家であり、「国民作家」などとも呼ばれた人気作家である。没後30年を経た現在でも人気作家ランキングの上位に顔を出す。
 小説のデビューは『ペルシャの幻術師』(1956年)。モンゴル帝国が隆盛を極めた時代のペルシャ(現在のイラン)を扱っている。主に日本の歴史をテーマに取り上げるようになった後の作品とは雰囲気が少し異なっているが、これは彼が大阪外語学校の蒙古語科を卒業したことと無関係ではないだろう。
 『司馬遼太郎が考えたこと』に収録されている文章で最も古いものは1953年10月に発表された「請願寺の狸ばやし」と題する文章である。第1巻には1961年10月までの8年分、第2巻には1961年10月から1964年10月までの4年分……ということで第15巻の1996年2月分まで、34年以上にわたる比較的短い文章が収録されている。当初の執筆者名は彼の本名である福田定一を使っている。肩書きは大阪新聞記者である。初期には記者と作家の二足の草鞋を履いていたとはいえ、まだ記者の方に軸足を置いていると言っていいだろう。
 これまで多くの出版社が彼の作品を手がけており、小説の他にも「〜を語る」というスタイルの対談集や『街道をゆく』に代表される紀行文など、幅広い分野にわたる文章が刊行されてきた。ただ『司馬遼太郎が考えたこと』は主に上記の分野以外の文章を年代順に掲載している点が特徴と言える。
 初期は仏教系の雑誌に発表したものが多い。司馬が駆け出しの記者時代に寺廻りを担当した経験からと思われる。彼の考え方については、小説を書いている時よりも、むしろこうした文章の方が自由に考えを表明できる場だっただろう。小説だけからは知りえない司馬遼太郎を感じることができる。
 第1巻だけで89の文章が掲載されている。全巻を数えたわけではないが15巻全体なら少なくとも1000篇ほどの作品数にはなるだろう。発表媒体(新聞、雑誌)、内容(テーマ)などは多岐にわたっている。中には新聞社や出版社ではなく、ある学校の創立記念に寄せた文章もある。また本人は発表するつもりがなかったと思われるが、「三友消息」というタイトルで知人への時々の書簡も多数含まれている。
 作品を執筆する際には精力的な取材も当然するわけだが、その時のエピソードなどにも言及があり、作品の舞台裏を知ることができるのが興味深い。阪神淡路大震災の発災後には「世界にただ一つの神戸」(第15巻所収)と題して被災した人々を激励した文章を発表している。司馬の見た震災直後の神戸。それは世界にも稀な成熟した市民の行動だった。司馬はそれを最大の財産として将来の復興の糧となることを確信している。
 小説中でもしばしば見られることだが、歴史観・文明論・人物論などへの考え方が随所に見られる。特に本人が陸軍少尉として、また戦車隊の小隊長として従軍した経験から昭和初期の日本という国に対して特別な感情を持っていたようだ。
 たとえば日本製の戦車についてである。エンジンは良かったものの、砲や装甲が貧弱だったようである。つまり攻撃力も防御力も弱い。それなのに戦車一台の値段は35万円(九七式中戦車の場合)で、爆撃機(20万円)や戦闘機(7万円)よりはるかに高価だった。陸軍では戦車を「大事にしろ」と教え込み(それはある意味当然だが)、たとえ敵にやられて炎上しても車外に脱出することは許されなかったという。隊員たちは、この戦車のことを「三十五万円の棺桶」と呼んでいたそうである(この部分は第2巻「戦車と文明」を参照)。
 また別の作品(作品名は失念)では、アメリカ軍の戦車には「この戦車の装甲は何ミリ砲以上の火力で撃ち抜かれる」旨の記述があったということを明らかにしている。つまり日本軍は日本製の戦車の性能を隠し、脆弱な装備のまま根性論のみで戦闘に参加させた。人よりもモノを大事にしたのだ。それに対してアメリカ軍は自国の戦車の防御力を兵士たちに開示し、自分たちよりも性能が上回る相手の場合には、無理をせずに命の方を大事にするようにと教えた。日本軍とは真逆の対応である。どちらが人を大事にする組織であったかは明らかであろう。
 人を大事にしない国とは何だろうか。これは昭和初期だけの特殊な状況なのか。それ以前の日本は違ったのではないか。戦後の福田定一(司馬遼太郎)は、この問いに対する答えを探して歴史に興味をもったという。彼の作品は、若き日の彼自身の問いに対する答えを出すつもりで執筆したのだとも言っている。その答えが彼の作品でテーマとなった近世から日清・日露の両戦争を経験した明治あたりまでの日本である。
 各巻末に付けられた「作品譜」には、文章が掲載されたメディアや概要などが記され、司馬作品の傾向をつかむ一助となる。さらにその後には各界著名人による司馬遼太郎の印象や思い出などを綴った文章が掲載されている。この文脈で司馬のことを悪く言う者はいないが、それを差し引いても司馬遼太郎が各界に与えたインパクトや存在感といったものを強く感じる。
 連続したストーリー作品ではないので、何巻からでも読み始められる。書籍のタイトル通り「司馬遼太郎の考えたこと」に触れて見ては如何だろうか。

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学修支援だより【2026年8・9月号】

Foreword

夏期スクーリング開講式挨拶

通信教育部長 吉川 成司

 猛暑の折、また遠路にもかかわらず、ようこそ創価大学へお越しくださいました。職場や家庭でさらに地域でお忙しくされながらも、たゆみなく勉学の歩みを進めておられる通教生の皆さんに最大の敬意を表したいと思います。
 私たち創価大学通信教育部は、今年で開設から50周年の佳節を迎えることができました。50年前の1976 年、その5月16日に挙行された「通信教育部開学式」に際して、創立者・池田大作先生は「初志貫き“ 第一期生” の誉れを」と、万感こもるメッセージを録音し寄せてくださいました。
 その冒頭です。「5月16 日は、重大の歴史の日となりました」。この一節に始まるメッセージは、創価教育の父・牧口常三郎先生が提唱された「半日学校制度論」、すなわち「人間教育を志向するうえで、働きながら学ぶことこそ、最も適切な環境条件であると結論された」ことをふまえて、「皆さん方は、“創価教育体現の第一期生” である」と祝福してくださいました。
 50周年を迎えたこの時に在学しておられる皆さんは、“新たな50年、100周年に向けた、創価教育体現の第一期生” です。これまでの礎に立ち、更なる高みをめざして共々に前進を開始してまいりましょう。
 さて今日から、いよいよ第50回の夏期スクーリングが始まります。創立者のご著作、小説『新・人間革命』第23 巻「学光」の章には、私どもの原点である、第一回夏期スクーリングにおける創立者と学生の姿が描かれています。創立者が慈愛にあふれた渾身の励ましを学生に送ってくださっている姿、そしてそれに呼応するかのように通教一期生が誓いも固く苦難を乗り越えて学問に挑戦する姿、そこには人間教育の何たるかが臨場感豊かに描かれています。このように、通教開設50 周年の佳節に開講されるこの夏期スクーリングは大いに意義深いものがあります。
 この第一回夏期スクーリングは、8月15日から始まりましたが、その2日目、創立者は教室に足を運んでくださり、次のように激励してくださいました。
 「第一期の通教生の皆さんの、真剣な、そして、勤勉なる姿を拝見し、創立者として感激しております。喜んでおります」。(中略)「私は、通信教育の皆さん方に、ひとしお大きな期待を寄せています。通信教育は、創価教育の父・牧口先生の一つの理想であり、皆さんこそ、その体現者であるからです。また、私も、同じ苦学の道を歩んできた一人だからであります。通教生の皆さんは、短期間のスクーリングで、一年分の内容を吸収しようと挑戦されている。その向学心に敬服しています」。(中略)「わが母校を愛して、学問を修得していってください」。
 50回目の夏期スクーリング開講の今、これらのご指導を改めてかみしめたいと思います。
 最後に、これは創立者がご逝去されて間もない、2023年の12月3日、大学では、通教24期生大会が、創価大学29期生大会と合同で開催されました。参加者には、創立者が用意してくださっていた記念のカードが配られました。そのカードには、創立者が撮影されたお写真とともに、創立者が詠まれたお和歌が認められていました。

 わが心/一生涯/いな/永遠に/君の勝利へ/君と走らむ

 いつまでもお元気で!/充実した晴れやかな/栄光の人生を祈りつつ 

 この「永遠に」とのお言葉に、深く心に響いてくるものが感じられます。
 猛暑、酷暑の日々ですので、賢く体調管理に努めていただき、充実したスクーリングになりますようお祈り申し上げまして、あいさつに代えさせていただきます。

教職指導講座

教育実習とは?

教職キャリアセンター指導講師 小堂 十

 通教での教員免許の取得までの、大きな山場は「教育実習」です。今、取り組まれているレポートの1枚1枚もその道に繋がるものです。5月から7月にかけて、私たち指導講師も教育実習生の学校に訪問させていただきました。今回は、これまでの経験からの雑感をお伝えします。

教育実習は何のため

 「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」は、ブロンズ像の台座に刻まれた創立者の言葉ですが、「教育実習は何のため」でしょうか。もちろん、前述のように免許取得のために違いありません。では、それ以外では、何のためか、是非一度考えてみてください。
 通教生のみなさんは、それぞれの経験をもとに、教育という仕事に携わろうと決意され、創価大学通教の門をたたかれたことと思います。その志に敬意を表しますが、本当に自分にとって教師という仕事が天職なのか。それを見つめ直すのが教育実習の場でもあると思います。

大村はま.png
 これは、生涯一教員を貫かれた教育界のレジェンド「大村はま」さんの最後の言葉です。この詩を、今、教育界で注目されている「ウェルビーイング」という言葉重ね合わせてみました。

子どもたちの笑顔に応えたい

 「ウェルビーイング」とは、「身体的・精神的・社会的に良い状態にあることを指し、短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など将来にわたる持続的な幸福を含むものです。また、個人を取り巻く場や地域、社会が持続的に良い状態であることを含む包括的概念」であると示されています。
 これを、教育実習で置き換えるならば、教育実習生の立場で学校現場に立ったみなさんが、子どもたちとのかかわりの中で幸福を味わえたか、また子供たちにとっては、みなさんの授業が幸福感を享受できる場になっていたかとも言えます。
 しかし、実際に現場に立ってみると、学習指導案に描いたような授業は、なかなかできません。それでも、子供たちは教育実習の先生の期待に応えようと頑張ります。子どもも教師も一緒になって、学びひたる姿があります。私は、教育実習ならば、そんな授業ができれば十分だと思います。まさしく、それは、上述の「学びひたり 教えひたる」姿ではないでしょうか。その後、担任である指導教官の先生からは、「子供たちはいつも以上に、先生の期待に応えようと頑張っていました」という言葉を伺います。教育実習生の懸命さは、必ず子供たちに伝播していきます。

うまくいかなくても大丈夫!

 「優か 劣か」ではなく、「優劣のかなたに」こそ、教え学ぶことの醍醐味があります。
 教育実習を終えた通教生からは、「教育実習を終えて、やる前よりも教師になりたいという思いが強くなりました」という言葉を耳にします。うまくいかなくても大丈夫!そう思えれば花丸です。
 創価の人間教育の体現者を目指すみなさんに、今日も私たちはエールを送り続けます。

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学修支援推進室コーナー

文化人類学と「民衆」の文化

通信教育部副部長/文学部教授 井上 大介

 2026年度より通信教育部の副部長に就任いたしました井上大介です。私の専門は文化人類学という学問です。
 この度は、文化人類学という学問の特徴と、同学問を学ぶ意義について「民衆」という概念を中心に私なりの理解を皆様と共有させて頂きます。
 文化人類学という学問は、「世界の民族と文化・社会を比較研究する学問」として定義されています。(石川ほか編1994:657)
 この学問は、19世紀のヨーロッパにおいて、ヨーロッパの植民地支配における「被支配的な立場にある人々」を対象とした異文化理解のためのツールとして誕生しました。
 当時の文化人類学者は、異文化の情報を国家に提供することが学問による社会貢献であるとの信念のもと様々な学術活動に従事していたようです。
 しかし、現在においてはヨーロッパによる植民地支配のプロセスは人間を「支配人種と奴隷人種に区分する」という人類における負の歴史として広く知られるところとなっています(ハーレント2017)。
 このような経緯から、文化人類学という学問は、他の学術領域と比較して、権力に依拠した人間集団による学問の利用に対し、強い警戒心を抱くに至っているのです。
 そのため、「学問の社会貢献」といった一見あたりまえのようなスローガンに対しても、その貢献が社会の中の誰への貢献なのか、という点に注目するとともに、社会におけるエリートやマジョリティーよりも、マイノリティの視点から見た社会貢献について熟考する態度を育んできました。
 そのような視点は、文化人類学という学問が、冒頭でも言及したように、支配的な人々によって被支配的立場に位置づけられた地域やそこに居住する人々の研究を専門としてきたという学術的背景と結びついています。文化人類学におけるそのような研究対象を「民衆」という言葉で表すことも可能かもしれません。
 創立者・池田先生も常に、「民衆」さらには「女性」や「青年」の存在を最大限に尊重されてきましたが、そこには、「民衆」や「女性」「青年」といった存在が歴史的、社会的に常に抑圧されてきたからではないでしょうか。
 大学教育に関しても創立者は、「大学は大学に行けなかった人のためにある」との言葉を残されています。創立者の大学教育に望まれる理念には、社会の中で歴史的に搾取され、抑圧されてきた「民衆」を厳護することこそが、大学の使命であるとの思想が示されています。
 そのような観点からみると、創立者の思想と文化人類学の視点は多くの共通点を有しているのではないでしょうか。
 創立者は、アメリカのハーバード大学の文化人類学者、ヌール・ヤーマン博士との間で、対談集(池田/ヤーマン2007)を刊行され、以下のような記述を残されています。

池田:
「そもそも『文化人類学』とは、ひとことでいえば、どのような学問でしょうか?」

ヤーマン:
「文化人類学の定義は、研究者によってさまざまあるでしょうが、私は、『他の人々を理解しようという試み』と定義しています」(池田/ヤーマン2007:114)

池田:
「…コミュニケーションの時代とは、相互理解を深めていく時代でなければなりません。その意味からも博士のとりくまれている文化人類学の試みは、ますます重要になってきます。」
「研究活動を通して、地球上の多種多様な社会に生きる人びとと同じ目線に立って、理解を進めているからです。」
「それは『民衆の視点』ともいえますし、『生活の視点』ともいえるでしょう」
(池田/ヤーマン2007:37)

 このように創立者は、文化人類学を「民衆の視点」「生活の視点」として位置付けているのです。
 他方、ピエール・ブルデューというフランスの社会学者は自著の中で、社会を「上流階級」、「中間階級」、「民衆階級」という3つの層に区分し、それぞれの文化に対する特徴を「卓越性」、「文化的善意」、「必要性」という概念で説明しています。
 上流階級の特徴である「卓越性」とは一般的な人に対し、差異化されている、優れている、という意味を含んでいますが、必要性から最も距離を取った特別なスタイルといった意味になります。「中間階級」の「文化的善意」とは、そのような「上流階級」の特別なスタイルを善意を持って受け入れる傾向を意味しています。なぜなら「中間階級」の多くの人々が、「上流階級」に移行したいという願望を有しているからです。「民衆階級」の「必要性」とは上流階級の特徴である「卓越性」の対極にあり、生命や生活に直結した事象への優先的関わりを前提とした傾向となります。ブルデューによるここでの主張では、「民衆階級」における「必要性」と連動した傾向が文化をめぐる劣位的なスタイルとして示されています。
 しかし私は、「民衆」に共有される「必要性」に基づく文化、創立者の言及する「民衆の視点」に根差した「生活の視点」こそが、現代世界、特に経済的先進国や富裕層によって拡大する経済格差や環境問題といった諸課題への解決に際し、重要な視点を提供しうると考えています。その意味において、「創価大学は民衆立の大学である」との創立者の理念に基づく本学の使命は非常に大きいと考えます。
 通信教育部の学生の皆様、創価大学で学ぶものとして、共々に創立者の掲げる「民衆厳護」のための学びに挑戦して参りましょう!

池田大作/ヤーマン, ヌール 『今日の世界 明日の文明』河出書房新社, 2007。
石川栄吉ほか編 『縮刷版 文化人類学事典』弘文堂 1994。
ハーレント, アンナ『全体主義の起原』2巻, 大島通義ほか訳、みすず書房, 2017。
ブルデュー, ピエール『ディスタンクシオン』(I・II), 石井洋二郎訳, 藤原書店、1990。

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