ネガティブ思考のポジティブな効果について
教育学部 教授 富岡 比呂子
オンデマンドスクーリングを受講しておられる皆さんは、単元ごとにいくつかの小テストをクリアした上で、最終試験に進まれると思います。皆さんは、そういった試験など重要な場面でうまく物事を遂行できるかという時に、「きっと私はできる!」と、前向きに思いますか。それとも「できなかったら、どうしよう…」とネガティブに考えがちでしょうか。今回は、ネガティブな思考は必ずしもネガティブな結果になるとは限らないという心理学から見た考え方をご紹介したいと思います。
例えば、コップに水が半分ほど入っているのを見たときに「もう半分しか残っていない」と思う人もいれば、「まだ半分ある!」と思う人もいます。同じ事象であっても、前者のように物事を悪く考えることを悲観主義あるいは悲観的思考、後者のようにポジティブに考えることを楽観主義あるいは楽観的思考といいます。一般的に、悲観的な考え方よりは楽観的な考え方の方が望ましいと言われ、楽観主義が精神的健康に関連していることが研究でも示されています。ところが、近年、悲観主義者の中にも、物事を「悪い方向に考える」ことで成功している適応的な悲観主義の人たちが増えているそうです。そのような考え方をする人を「防衛的悲観主義者」といいます。
防衛的悲観主義は認知的方略の一つです。前にうまくいっている事実があるにも関わらず、これから迎える状況に対して、前向きな結果(成功)ではなく最悪の事態(失敗)を予想する方略です。例えば、ある仕事を「人前でプレゼンテーションをする」ことだとしてみましょう。楽観的思考の人は「きっとうまくやれるだろう」「前にもやったことがあるから大丈夫だろう」と考えるのに対し、悲観的思考の人は「セリフを忘れて頭が真っ白になるのではないか」「もしうまく話せなかったら、聴衆が退屈して途中で退室してしまうのではないか」「パソコンがフリーズして、パワーポイントが使えなくなったら?」「壇上に置かれた水をこぼしてしまって、資料が破れて読めなくなったらどうしよう」…と、際限なく不安要素が浮かんできて、「このままではうまくいくわけがない!どうしよう」となってしまうのです。
しかし、この悲観的な思考はただのネガティブ思考ではありません。予想される最悪の事態を鮮明に思い浮かべることによって、逆にそうならないように事前に対策を練ることが可能になるのです。プレゼンテーションの例では、そのような防衛的悲観主義の人は、楽観的な思考を持つ人よりも用意周到に準備を重ね、何度も練習を繰り返すに違いありません。また、本番には自分の資料を2部用意し、パソコンも念のため2台用意するかもしれません。そして、本番を迎えるころには、その不安を自分でコントロールし、立派な成果を収めることになるでしょう。このように、防衛的悲観主義者は「前にもうまくいったから、今度もうまくいくだろう」とは決して思いません。失敗など悪い事態を予想することで不安が増大しますが、そのような不安を逆に利用し、モチベーションを高め、最大限の努力をすることで目標達成につなげることができるのです。つまり、防衛的悲観主義者の方が結果として、楽観的な人に比べて高いパフォーマンスを出すこともあるということです。
ところで、そうした防衛的悲観主義者の人が、意識して逆の楽観的な思考にシフトしたとしたらどうなるでしょうか。これから重要なタスク(プレゼンテーションや試験など)を迎えるときに、「最悪の状況なんか考えないで、成功することを思い浮かべよう」「くよくよしないで、きっとうまくいくよ!」と励ましたり、悲観的思考に陥らないように、無理にでも気晴らしをしてみるとします。すると、今までと同じようなパフォーマンスが発揮できるのでしょうか。
結果は、防衛的悲観主義者の人は、楽観的になると出来が悪くなり、悲観的な思考のままでいる方がよい成果をあげることができるのです。同様に、楽観主義の人に、悲観的な思考(失敗場面を想像させたり、不安をあおるような声かけをする)を促すと、途端にパフォーマンスが下がります。このことから、ポジティブ思考が常に万能であるという考え方は誤りであり、人にはもともとの気質、特性というものがあり、それを無理に変えようとするよりも、自分自身の傾向を理解し、「肯定的に受け入れる」ことが大切と言えるのではないでしょうか。
筆者自身も悲観的な考え方をする傾向にあり、成功よりも失敗する場面を想像したり、夢にまで見ることも少なくありません。自分の授業で講義中に説明するプリントが見当たらず、「ない、ない…、やっぱりない!」と焦って探す夢など何回も見たことがあるほどです。
ですが、この防衛的悲観主義という考え方を知ってから、自分の気持ちが少し楽になったような気がします。「よく失敗することを考える」、そのこと自体は良いことでも悪いことでもありません。そのあと、どう行動するかによって結果は変わってくるのです。
もし皆さんの中に、防衛的悲観主義について心当たりのある方は、無理にポジティブにするよりも、正々堂々と悲観主義を貫き、そういう自分を「それでいいんだ」と認めることが大切なのではないかと思います。悲観主義的であるからこそ、最悪の状況を思い描けるし、失敗しないための準備を周到に行うことができることをメリットだと考えればよいのです。
通教生の皆さまのご健闘を心より祈っております。
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