『日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界』
通信教育部 講師 開沼 正
編者である国立国語研究所では、日本語のプロたちが集まって様々な角度から日本語を研究している。古い日本語から最新の日本語まで、口語から文語まで、その幅は広い。本書の執筆者は、巻末の「執筆者紹介」欄を見ると37人もいる。実際に、同じ日本語を研究しているとは言っても、アプローチの方法には多様性がある。執筆者一人一人の関心や研究対象が異なるので、研究者ごとに短い節をたてて話の内容を完結させている。テンポよく読めるし、内容的に豊富で読んでいて飽きない。
私は何年か前に研究所のお仕事の一端を手伝わせていただいたことがある。研究分野が違うので専門的なことまでは分からないが、徹底して事例を集めようとする態度は共通だ。苦労も多いと推察する。
ところで創価大学通信教育部の教員は、教職担当の先生を除いて全員が「自立学習入門」という科目を担当している。1年次で入学した学生は必ず履修しなければならない科目である。内容的にはテキストの読み方、資料の探し方、レポートの書き方など、大学で学ぶ上で必要なスキルを身につけるものになっている。
自立学習入門の授業では、しばしば悪い文例などを示しながら、「ここが分かりにくい」とか「こうしたら良くなる」などと講釈を垂れる。学生にしてみれば、教員は完ぺきな日本語能力をもっているのだろうと勘違いしてしまう。しかし教員の専門分野も多種多様である(私の専門は歴史)。レポートの書き方は教えられても、日本語の全てを熟知しているわけではない。いやむしろ知らないことの方が多いだろう(大学では日本語関係の科目もかなり履修したのだが……)。だから学生から質問される「日本語のなぜ?」については答えられないことばかりである。
そうした質問に対しては、「大量の文章を読んだり書いたりするうえで、自然と身についた感覚だから、学生の皆さんも日ごろから本や新聞を読み、それらについて感じたことなどを文章にする習慣をつけてください」としか言えない(あくまでも私の場合)。これはこれで間違っているとは思わない。しかし本書のように具体的な根拠を示して説明されると「そうだったのか!」と納得して、あたかも自分が前々から知っていたことのように人(主に家族)にひけらかしてしまう。
本書で触れる内容は、日本で使われる日本語だけではない。たとえば外国語に取り入れられた日本語も取り上げられている。『オックスフォード英語辞典』(第2版、1989年)には378の日本語が収録されているそうだ(102ページ)。どのような言葉が取り入れられるのかは、時代によって傾向があるという。日本とヨーロッパが出会ったばかりの頃には日本を感じさせるような、ヨーロッパの言語に翻訳しにくい言葉が多かったようだが、次第に衣食住などの生活文化に関する言葉も増えていった。外国語に取り入れられた日本語が、その国の文化の中で独自の使い方をされるようになる事例も面白い。本書では「布団」と「futon」の違いについて取り上げている。
逆を考えてみれば、現在日本語として使われている外来語の中で、本来持っていた意味とはかけはなれた使い方をされている言葉もあるのではないだろうか。思いつく例を挙げてみれば、日本語の「トランプ」と英語の「trump」、あるいは日本語の「カルテ」とドイツ語の「Karte」などは意味する範囲が随分と異なっている。「trump」は「切り札」を意味するのに対して、「トランプ」は「一揃いのトランプのカード」を意味している。「カルテ」は医師による診療記録という狭い意味でしか使われないのに対して、「Karte」は単に「カード」という意味である。
こうした言葉は、探し始めればキリがないように思えるが、ひとつひとつの由来を紐解いていけば、異文化交流のプロセスやその外国語を取り入れた経緯などが垣間見え、歴史を学ぶ人間としての視点から見ても興味深い。このような「寄り道」(と言っては執筆者に失礼だが……)が勉学の内容に深みを与えることは間違いない。
本書は、レポートを書くうえで直接参考になることは少ないかもしれないが、ここではその数少ない参考になりそうな点を紹介しておきたい。例えば外国人と日本語で話すときには、何に注意したらいいかということである。それは「文は短く、はっきり終わらせる」(123ページ)ことだ。これはレポート(ひいては文章全般)を書く場合でも共通だ。
『自立学習入門 第3版』のテキスト(第7章 推敲をいかに行うか)にも同趣旨の記述がある。言葉はコミュニケーションのツールである。相手(読み手、聞き手)に自分のメッセージを上手に伝えるためには、相手の立場を考慮することが大切である。相手を惹きつける文章や話し方ができれば理想的だが、少なくとも相手を疲れさせないような配慮ができるようになれば、大学に入学した意味もあったと言えるだろう。
国立国語研究所編
『日本語の大疑問 眠れなくなるほど面白い ことばの世界』
ISBN:9784344986374
2021年、幻冬舎新書 264ページ 本体920円+税
+.――゜+.――゜+.――゜
新しく学光ポータル「学修支援だより」が
開設されました!
皆様の感想をお寄せください。
Email:tk-gakkou@soka.ac.jp
+.――゜+.――゜+.――゜
Search-internal-code:faculty-profiles-2017-